不動産投資、不動産ソリューションに対するニーズが高まるなかで、2021年4月、農林中央金庫内に新しい部署が立ち上げられました。その名も「不動産ファイナンス・ソリューション部」。折しも、新型コロナウイルス感染症の拡大とも重なり、食農法人営業本部の営業担当者たちから部署に持ち込まれる案件もにわかに増えています。日本企業の経営の現場では今、何が起きているのでしょうか。部署立ち上げメンバーのひとりである伊藤良介に、その最新事情と、農林中央金庫が不動産ソリューションの提供に本腰を入れて取り組む意義について、解説してもらいました。
#1
農林中央金庫は「国際分散投資」という投資コンセプトのもとに、約60兆円の資金をさまざまな国々の、さまざまなアセットクラスで運用しています。その投資先のひとつとして国内外の不動産に投資を始めたのは1990年代後半頃から。それは現在のような不動産の証券化マーケットが成熟する以前のことでした。以来、足掛け20年。この間に蓄積されたノウハウ、構築された各プレイヤーとのリレーションシップは、機関投資家としては世界トップクラス。それはそのまま、農林中央金庫の最大の強みとなっています。
それというのも不動産投資というのは、ある特定の不動産の賃料収入を当てにして投資を行うスタイルのため、クローズドなマーケットのなかで限られた人たちのもとに実行されるものだからです。国債や株式のように、発行体である国や会社の信用力を背景にしたオープンなマーケットで、不特定多数の人たちが投資をするのとは対照的です。
不動産投資の場合、その不動産の価値や競争力に案件の一つひとつが支配されるため、個別の案件分析の仕方も特徴的で、伊藤の言葉を借りれば「商品性自体がすごくニッチな領域」。このため不動産投資は、ノウハウの蓄積による高度な専門性と、リレーションシップに基づく信頼関係や協力体制なくしては、すぐに実行できないものなのです。さらに伊藤は次のように指摘します。
「不動産の利回りはキャップレートと呼ばれるのですが、このキャップレートというのは、景気の浮き沈みによって上がったり下がったりを繰り返します。リーマンショックのときには不動産価格も3割くらい下落をして、当庫も損失を出したりしたのですが、そういう景気変動の波にさらされやすいアセットであるというのも不動産の大きな特徴です。この点で、失敗に対するレッスンラーンも極めて重要で、それを地道に20年間積み上げてきた実績が今、農林中央金庫に対する信頼や期待となって、各企業から多くの相談が寄せられる大きな要因となっています」
#2
伊藤によると、不動産投資、不動産ソリューションというのを、部署では9つくらいに類型化しているとのこと。そのなかでも中心となるのが次の3つ、「セール&リースバック」「不動産開発での共同投資」、そして「不動産の流動化」です。
まず「セール&リースバック」というのは、企業が所有している不動産の売買代金を預ける代わりに、農林中央金庫はその不動産を企業にリースすることで賃料収入を得ていくというもの。いずれはその企業に不動産を返し、売買代金を回収することもあれば、農林中央金庫がそのまま運用し、売却することもあります。次に「不動産開発での共同投資」というのは、デベロッパーなどと共同で、開発予定の土地の取得から建物の建設の一連のプロセスで農林中央金庫も共同出資者となり、一緒に開発を進めるというもの。
そして最後の「不動産の流動化」とは、流動性の低い不動産を流動性の高い証券などに置き換えること。つまり、不動産の証券化です。不動産を所有する企業が投資ビークル(合同会社、特定目的会社、投資法人など)を設立し、そこに不動産を移して証券化。農林中央金庫は、その証券を購入する形で出資をしたり、あるいはその投資ビークルに対して融資をしたりするというものです。実は今、この「不動産の流動化」に対するニーズが急速に高まっているのですが、もともとは大規模な開発を手掛けるデベロッパーとの間で磨かれてきた手法でもあると、伊藤は解説します。
「デベロッパーが手掛ける一つひとつの開発は、100億円、200億円とふつうにかかりますので、金融機関からの融資が欠かせません。とはいえ、事業拡大に向けて開発を進めれば進めるほど借入金が増え、BS(Balance Sheet:貸借対照表)も膨らんで財務健全性が損なわれてしまいます。なので、開発した不動産を外部に売却することで財務の健全性を保ってきたのですが、開発したものを全て切り売りしていては儲けも少なくなってしまうことから、一計を案じる必要がありました」
そこで生まれたのが、開発した不動産を運用するという考え。自社が保有する不動産を専用に運用する箱、つまり投資ビークルを立ち上げ、そこに不動産を移転すれば、その不動産はオフバランス、つまりBSに計上されない状態となるので、財務体質が健全化されます。しかも、移転した不動産が生み出す将来のキャッシュフローを元手に資金調達も行えるという点で、デベロッパーにとっては一石二鳥。こうして普及したのが『REIT』だと、伊藤は言葉をつなぎます。
REITはReal Estate Investment Trust(不動産投資信託)の略称で、不動産投資法人と呼ばれる会社です。株式の代わりに投資証券を発行し、それによって預かった投資家からの資金をもとに不動産などに対して投資を行い、物件の賃料収入や物件の売買で得られた収益を投資家に分配します。よって、その不動産をもともと所有していたデベロッパーも、賃料収入の代わりに利息収入を得られるというわけです。日本では、上場しているものをJ-REIT、非上場で機関投資家向けのものが私募REITに大別されます。
#3
デベロッパーにとって、REITはとても合理的な仕組みとなっていますが、完全無欠かというと決してそうではないと伊藤は話します。
「実はREITは、立ち上げるまでにミニマムで2〜3年はかかってしまうのですが、その間にも物件は完成してしまいます。それをまとめて投資ビークルに移転、つまり売却すると、一気に売却益が跳ね上がって年度ごとの数値を大きく変動させ、それはそれで財務への影響が甚大となってしまいます。そこでREITができるまでの間をつなぐもの、年度ごとのBSの数値の上下動をならすためにブリッジファンドがあるのですが、その事業スキームとしては主に『GK-TK』と『TMK』という2種類があります」
伊藤によると、GK-TKスキームは、投資ビークルとして合同会社(GK)を設立し、投資家に匿名組合(TK)出資をしてもらった出資金と金融機関の借入金によって、不動産信託受益権(不動産の所有者が、その不動産を信託財産として信託銀行などに信託することにより得る運用益を受け取る権利)を取得して運用します。対してTMKスキームは、投資ビークルとして特定目的会社(TMK)を設立し、投資家からの優先出資と金融機関からの特定借入や特定社債によって、現物不動産や不動産信託受益権を取得して運用します。
実は伊藤は、現部署が立ち上げられる以前は営業第二部に在籍し、デベロッパーを担当していました。周知のようにデベロッパーは、オフィスや商業施設、住宅の開発などを事業として展開していますが、伊藤が前部署に異動した2016年頃から、各社は拡大の一途を辿るeコマース需要を取り込むべく、物流施設の開発に注力し始めていました。当然、そこに多額の資金ニーズが生まれていましたが、ここまでに述べてきたように、デベロッパーが物流施設を開発すればするほどBSが膨らんでいくのは必然であり、伊藤は早くから不動産を流動化させ、借入余力を生み出すことの必要性を強く感じていました。
そこで当時のオルタナティブ投資部内にあった不動産ファイナンス・ソリューション室の担当者と協働で、デベロッパーに対し、REIT立ち上げを視野に入れたGK-TKやTMKを提案し、伊藤自身は金融機関としての融資を、不動産ファイナンス・ソリューション室の担当者は機関投資家としての投資を、それぞれ実行するための準備を進めていました。そして、このふたりの取り組みが社内の経営会議で認められ、ある案件においてそれが実行されました。そして同時に、伊藤たちの取り組みの必要性、その意義を経営層も強く感じ取ったことから、2021年4月、不動産ファイナンス・ソリューション室は晴れて「不動産ファイナンス・ソリューション部」へと昇格し、独立した部署になったという経緯があります。
ともあれ、部署立ち上げによる「不動産の流動化」の強化によって、伊藤が担当していたデベロッパーは農林中央金庫からの不動産ソリューションの提供を受け、自社が開発、所有する不動産を切り離し、身体を軽くすることによって、本業である開発に専念できるようになりました。しかし、実際に蓋を開けてみたら、こうしたニーズは何も不動産業界だけに留まらなかったと、伊藤は明かします。
#4
近年、経営の現場ではPL(Profit and Loss Statement:損益計算書)を重視した経営から脱却し、BS重視の資本コスト経営の重要性が唱えられてきました。PL重視でいくら収益を上げても、高コスト経営で利益を残せなければ企業価値は上がらないからです。この点で利益を生まない資産を保有することは本業の足かせとなります。
そこでデベロッパーと同様、その他の業種においても自社が所有する不動産などの資産をなるべく切り離し、身軽になることで本業に専念する「アセットライト経営」への移行が検討されるようになり、先行事例も生まれていました。こうしたなかで今回の新型コロナウイルスの感染拡大が起き、BS重視の資本コスト経営の重要性が広く認知されることとなり、不動産ソリューションに対するニーズがにわかに高まったと、伊藤は話します。
「パンデミックにより、業種によっては過去最大の赤字を計上している企業もあります。当庫の取引先のような大手企業は財務健全性も高く、金融機関からの借入余力はまだ残されています。とは言っても、借入金には利息がつきますので、いつまでも借り続けることは現実的ではありません。それならば、資産の保有を極力抑えて財務を軽くしよう。工場や社宅などの不動産も流動化させ、必要な費用を払うことで固定費を減らそう。そうしたニーズが一気に顕在化し始めた、というのが昨今の流れです」
こうした変化のなかにあって不動産ソリューションは、伊藤が解説するように資金の手当てをし、さらに借入余力をつくってあげられるところに大きな価値があります。これにより企業は、そこで得た資金をもとに本業を強化したり、ESGの取り組みを始めたり、他社と組んで新事業を創出したりすることができます。そもそも変化の激しい時代にあっては、資産を切り離して身体を軽くしておくだけでも、それが強みになるとも言えるでしょう。資産を持たずに利益を上げることができれば、ROA(Return of Asset:総資産利益率)やROIC(Return on Invested Capital:投下資本利益率)と呼ばれる経営指標も向上し、その企業に対する評価も高くなります。
コロナ禍を受け、「これまで絶対に動くはずのなかった不動産が今、動き始めている」と、伊藤は言います。たとえば、鉄道会社が所有する不動産がそれです。鉄道会社はレールを敷設し、同時に沿線の土地開発を進めて住民や来訪者を増やし、それを鉄路の利用へとつなげることで事業拡大を図っています。そのため不動産の開発も運用も自前主義が強く、鉄道会社が所有する不動産が外部に出ることはほとんどありませんでした。しかし、伊藤たちはすでに大手鉄道会社が立ち上げた投資ビークルに対し出資をし、沿線エリアの物件を中心に長期的な安定運用を目指すREIT設立の検討サポートを進めていますが、今後もこうした事例が増えていくことが予想されるだけに、地方創生、地域活性化への気運もさらに高まるかもしれません。
#5
不動産投資、不動産ソリューションに対するニーズの高まりを受け、伊藤たちは現在、機関投資家としてのプレゼンス向上、そのためのソリューション機能拡充に取り組んでいます。さらに「ゆくゆくは農林中央金庫自身も投資ビークルを立ち上げ、外部で運用してもらえるような形でアセットマネジメントをやっていけるような体制を構築していきたい」と、伊藤は今後の計画について考えています。そしてもうひとつ、農林中央金庫だからこそ是が非でも実現させていきたいことがあると、伊藤は話します。
「それはESGです。不動産はグリーンビル認証のように、環境対応との親和性がすごく高いアセットでもあります。当部の現時点での投融資額は国内外で約8,000億円ですが、その半分がサステナブルファイナンスとなっています。これを質、量ともに上げていきたい。そのために2021年9月には、ファンドやREITのESG評価を受ける国際的なプラットフォームであるGRESB(Global Real Estate Sustainability Benchmark:通称グレスビー、グレスブ)の投資家メンバーにも加入しました。私たちは環境対応、サステナビリティ対応についてお客様との対話、エンゲージメントをきちんと実施し、不動産というカテゴリーのなかでもESGに対応した投資を選好するサステナブルファイナンスをしっかりと実行していきたいと考えています」
不動産の証券化、J-REITの浸透によって、不動産に対して個人でも投資ができる機会が増えています。また、生命保険会社や損害保険会社など、別のセクターからの参入も増え、不動産投資は裾野が広がっています。しかし、こうしたなかでも出資者となれる金融機関はごく限られています。短期的な利益を上げることが求められる株式会社にとって、長期的な安定運用を目指すREITでは、なかなかそれを果たせないからです。
こうしたなかで農林中央金庫は、どこの企業系列にも属さない中立的な立場から、あらゆるプレイヤーとの豊富な協業実績を積み上げてきました。それは国内に留まらず海外に及びます。伊藤によれば前述の8,000億円の投融資額のうち、約6割が海外です。外資系ファンドマネージャーとのリレーションも数多く構築されており、日本国内でもいろいろな動きをしている彼らと、伊藤たちはダイレクトに多様なディールを実行しています。農林中央金庫は、こうした取引ができる有数の民間金融機関であり、そこで深められる知見、ノウハウ、そしてリレーションシップに、多くの日本企業から期待が寄せられています。
「だからこそ私たちは、投資収益の確保に終始するのではなく、お客様に寄り添える投資家として、不動産投資というものをひとつの手段にしながらリレーション深化を進め、お客様の事業の継続性をより高めていきたい。そのためにも農林中央金庫らしい、そのなかでもできれば自分らしい案件を積み上げていくことで、最終的にはお客様のファーストコールバンクとして、農林中央金庫を位置付けていきたいと思っています」
そして、そうした目標のもと第一次産業に資する機関投資家として、SDGs達成に向けた自分たちなりの強み、個性というものを絶えず磨き続けていけば、当庫の投資案件、その先にある事業はきっと、世の中の皆さんにとって「未来に向けた、とても大切な取り組みだね」と思ってもらえるものになるはず。農林中央金庫が不動産ソリューションに本気で取り組む意義はここにあると固く信じていると、伊藤は明るく締めくくってくれました。
PROFILE
PROJECT STORY
INDEX
農林中央金庫だからできる、
地方創生・地域活性化への取り組み。
投資信託ビジネスの再開を通じ、
組合員の将来に寄り添うJAバンクへ。
洋上風力発電へのプロジェクトファイナンス。
地球規模で人々の生活を支えていく。
ESG投融資を推し進め、
SDGs課題への取り組みを世界に働きかける。
貸出強化支援プログラムの導入により、
JAの「持続可能な収益基盤」を構築する。
新型コロナウイルス感染拡大を経て、
再確認した系統組織の存在意義と底力。
不動産ソリューション機能の拡充を通じて、
お客様のファーストコールバンクを目指す。
年齢やITリテラシーによらず、
誰もが安心して使えるシンプルなアプリ。