全国におよそ600あるJAは、それぞれが複数の事業を展開する総合事業体であり、事業総利益の約4割を占めるのが信用事業(JAバンク)です。とりわけ事業体として長期安定的な経営を実現していくうえで信用事業は欠くことのできない事業ですが、現在は世界的な金融緩和の中で、収益環境は厳しい状況にあります。かかる状況下、JAが強い組織へと生まれ変わることを目指し、JAバンクリテール実践部の髙橋秀悟たちが全国で推し進めているのが、『貸出強化支援プログラム』の導入です。
#1
金融機関を取り巻く環境がかつてないほど厳しい局面を迎えているなかで、JAバンク中期戦略(2019〜2021年度)では、他業態と異なるJAらしい価値を提供し、持続可能な収益基盤を構築することで、「農業者・地域から一層必要とされる存在を目指す」ことを大方針としています。そこで同戦略では、JAにおける①経済事業の黒字化、②信用事業での貸出強化、③投資信託ビジネスの展開、④効率的な店舗・事業運営、という4つの柱が打ち立てられており、「自分が目下、取り組んでいるのが『貸出強化』」と、髙橋は解説します。
「中期戦略では、4つの柱について各県域・JAが具体的に取り組むにあたり、全国組織である農林中央金庫は、各県域と連携を取りながら実践的なサポートを行うこととしています。そこで私が所属するグループも、各県域・JAが策定する『貸出強化プラン(貸出伸長に向けて、各県個別の事情を考慮した商品・推進戦略からなる指針)』の実践を支え、その実効性を一段と高めることを目的に、2018年に『貸出強化支援プログラム』を開発し、試験運用を経て、2019年より全国の県域・JAに対し順次、導入を進めています」
髙橋によれば、『貸出強化支援プログラム』は「①貸出実施体制の整備・構築」(6か月)と「②営業力強化支援」(6か月)の2部構成による「1年間のコンサルティング業務」となっているとのこと。
まずは前半6か月で、組合員先に出向く体制の構築(融資専任担当者を立てる)、PDCAの枠組み作り(営業活動がどれだけ実績に結びついているかを明確にする)、事業間連携(各事業部の情報を共有することで機会損失を防ぐ)など、各JAが持つ固有の課題に対して定量・定性面からの分析を通じ、あるべき体制案の実現を目指していきます。そして続く後半6か月では、できあがった体制が円滑に機能し、営業活動が軌道に乗るまで、同行営業(OJT)や勉強会などを通じて、JAの職員(融資専任担当者)のスキルアップを支援していく、という内容になっているそうです。
#2
『貸出強化支援プログラム』の導入を全国で推進する背景には、JAの収益基盤強化を目指すという大方針がありますが、特に「管内マーケットには伸長の余地はあるものの、自らのポテンシャルを発揮して、貸出伸長を実現することが十分にできていないJAが多い」という事実があると、髙橋は話します。しかも、その原因は多岐にわたり、それこそJAの数だけ課題が存在するとのこと。そこでプログラムの入口として、まず髙橋が着手するのが「マーケットポテンシャルの算出」です。
「具体的には、住宅ローン、農業資金、小口ローンの主要3品目において、対象となるJA管内のマーケット規模を算出し、現状の実績からシェアを割り出します。そしてマーケットと実績の差、つまり伸長余地を『今後5年でどれほど詰めていくか』という観点から、『どれくらいの人員が必要か』と考えていきます。そうすると多くのJAが、『マーケットのポテンシャルに対して融資専任担当者の頭数は足りているけど、数字が伸びていない』というパターンAと、『そもそも融資専任担当者がいないうえに、配置しようにも職員数が足りない』というバターンBに大別することができます。そこで次のステップとしては、各パターンに応じた分析を進めていきます」
パターンAにおいては、融資専任担当者と貸付事務担当者の業務分担が適正か(本来営業に特化すべき融資専任担当者が貸付事務もしなくてはならない状態になっていないか)、そしてそれが明確になっているのか、マーケットの魚影の濃淡に合った配置になっているか(農業の担い手や住宅メーカーがいない地域に人が張られていたりしていないか)、行動・実績管理などが適切に行われているか(目標を立てず、管理もしていないという状態になっていないか)など、JA職員にインタビューを実施し、課題の見える化を図ることで、その解決を目指していくとのこと。
また、パターンBにおいては、対象となっているJA全体を俯瞰し、必要とする人員を捻出することができないのかを定量的に分析。たとえば、一人当たりの処理件数や端末の打件数などから業務量を算出し、余剰配置と判断できるところから人を動かし、融資専任担当者として充てるというアプローチを行うとのこと。場合によっては、生産性の低い業務にリソースを過剰に張っていないか、過去の実績等をもとに費用対効果を示すなかで、リソースの再分配を提案することもあるとのことです。
#3
髙橋は2019年度以降、これまでに7県域8JAを担当してきたそうですが、あるJAでは広域合併を経て組織が肥大化し、相対的に本店機能が弱体化したことで現場へのグリップが弱まり、貸出が低迷していたそうです。分析を進めていくなかで明らかとなったのは、複数のJAが合併したことで店舗数が多くなっていたほか、旧JA単位のやり方(文化)で事業推進を行っていたために指揮系統が分断されてしまっていたと、髙橋は振り返ります。
「そこで私は当JAに対し、〈本店の機構改正〉と〈店舗統廃合と合わせた貸出機能の集約〉の2点を提案しました。前者では、『融資部』という部署を新たに立ち上げることで、目に見えてわかりやすく『貸出伸長へ向けてギアを一段階上げる』というメッセージを内外に示したほか、融資専任担当者を複数名配置することでの営業機能の強化、本支店間の指揮系統の明確化を実現しました」
また、後者においては、とくに利用者と近い距離にある支店の体制が極めて重要だったといいます。店舗が多ければ多いほど管理のハードルは上がり、規模(リソースの配分)にバラつきがあれば一元的な事業推進は難しくなります。店舗統廃合には単純にコスト(店舗コストや人件費)の圧縮だけでなく、貸出を含む機能を集約することで効率的な事業運営が実現できます。当JAでも統括支店を決めたうえで、機能と人をそこに集約する方針を立てたそうです。
「部署の新設や店舗統廃合にからめた機能集約というのは、組織の在り方を根本から見直す大手術になります。当然、すべてが順風満帆とはいかず、第三者である我々の提案に否定的な意見が出たこともありました。しかし、その時折でどこに不安を持っているのかを見える化しながら対話を深め、問題点を一つひとつ解決して、全員が納得する形を打ち出すことができたと思っています」
本プログラムでは、コンサルを担う自分がバイアスのかかった提案をした場合、いざ蓋を開けてみたら「うまく組織が機能しませんでした」という結果も十分にありえます。だからこそ髙橋が心がけるのは、いろいろな判断材料を定量的、定性的観点から最大限に洗い出したうえで、最終的に県域・JAが納得できるような結論に至れる議論をファシリテートすること。そして自らも仮説を立て、腹案も準備し、自分の提案内容で本当に問題ないかをとことん考え抜くが、結論を下すのは自分ではなく、主体はあくまで県域・JAであることを忘れないことだと。
#4
先の事例では、2020年4月に融資部が立ち上がり、その後半年間の実績は前年度の同期比に比べて2倍以上の飛躍的な成果を上げることができました。また、店舗統廃合は今後も段階的に着手されていく予定であり、完全な体制にまでは至っていないものの、本プログラムを通じて共有した考え方ややり方は県域・JAに深く根付き、最終的な仕上げは自分が現場を離れても実現されていくだろうという確かな手応えをつかんでいると、髙橋は話します。
「『貸出強化支援プログラム』の最大の特徴、真の提供価値は、プログラムの組み立て、その提案が、『オーダーメイド』にあるというところだと感じています。先ほどご紹介したJAの事例も、機構改正や店舗統廃合は本プログラムの想定範囲を大きく超える内容でした。しかし、実際にJAに入り調査することで浮き彫りとなった課題に対する最適解が、結果的に先の提案になったというだけに過ぎません。私たちは『答えはJAの中にある。』をスローガンに県域・JAと密に連携し、各JAが抱える課題を見える化したうえで、そのJAにあったあるべき姿を提案、協議しています。業務のやりづらさや課題を感じているJA職員の代弁者として、現場の声を経営層に示し、どう改善するのかを皆で議論して決めることができることも、このプログラムの良さの一つだと思うのです」
そして髙橋は言葉をつなぎます。本プログラムの導入を機に、全国に約600あるJAにおいて自分たちの組織、働き方を見直す気運を高め、前向きなマインドを醸成し、融資専任担当者を核とした「出向く体制」を構築していきたいのだと。それというのもJAの業務には、その先に事業があって夢があります。しかも第一次産業は今、転換期に差し掛かっています。顕在化していない組合員の夢、事業構想というものを丁寧に拾い上げ、掘り起こしていくことができれば、地方に活力を取り戻し、地域色豊かな国へと立て直し、日本を真に豊かな国へと導くこともできるからです。
これは決して絵空事ではなく、それを実現してこそのJAバンクであり、そこに自分たちの存在意義、存在価値というものがあると信じていると、髙橋は言います。そのためにも、本取り組みの初期メンバーとして少しでも多くの県域・JAにこのプログラムを提供し、その考え方を浸透させながら数多くの事例を収集・分析していくことで、全国に展開していきたいと話します。そして最後に笑顔で締めくくってくれました。
「もともと私は、自分たちの思いや考えをどんどん発信、企画し、JAの人たちを巻き込みながら皆で実現していく、皆と一緒に現場で汗をかく、そんなリテールビジネスの仕事がしたくて農林中央金庫に入庫した経緯があります。だから今の仕事も知力と体力を振り絞って大変な日々ですけれど、とても面白いです!」
PROFILE
PROJECT STORY
INDEX
農林中央金庫だからできる、
地方創生・地域活性化への取り組み。
投資信託ビジネスの再開を通じ、
組合員の将来に寄り添うJAバンクへ。
洋上風力発電へのプロジェクトファイナンス。
地球規模で人々の生活を支えていく。
ESG投融資を推し進め、
SDGs課題への取り組みを世界に働きかける。
貸出強化支援プログラムの導入により、
JAの「持続可能な収益基盤」を構築する。
新型コロナウイルス感染拡大を経て、
再確認した系統組織の存在意義と底力。
不動産ソリューション機能の拡充を通じて、
お客様のファーストコールバンクを目指す。
年齢やITリテラシーによらず、
誰もが安心して使えるシンプルなアプリ。