実質的に休業状態にあったJAバンクにおける『投資信託ビジネス』の再開に向けて、2017年に農林中央金庫内に新しい部署が設立されました。新しい部署では、①改めて投資信託の提案態勢を築いてもらうためのJAの態勢整備、②提案を担うJAの渉外担当者の人材育成、③フィデューシャリー・デューティーに相応しい商品の開発・選定、④システムの再構築、以上の4つの課題を掲げ、同時並行的にプロジェクトは進んでいきました。このうち商品の開発・選定、商品戦略・提案戦略の策定、販売員となるJAの渉外担当者に向けた説明会の開催等を担当者のひとりとして、一貫して担ってきたのが、JAバンクリテール実践部の櫛田眞道です。
#1
JAバンクではこれまで、貯金やローンといった分野で多様な商品を揃え、それをお客さまである組合員へと提供してきました。その結果、貯金残高は100兆円を超える規模にまで成長しました。しかしながら、今後は貯蓄から資産形成・運用へのシフトをサポートし、「『投資信託ビジネス』が本業」と言えるくらいまでに変えていく必要があると、櫛田は話します。
「なぜなら、かねてより社会問題として指摘されてきた『少子高齢化』も、時代はさらに進んで『人生100年時代』と言われるまでに、日本の構造が変化しているからです。年金構造にも制度疲労が見えているなかで、老後の暮らしを年金だけに頼るのはもはや不可能。加えて人生100年時代ともなると、年金に貯金をプラスしたとしても心許ないというのが、正直なところです。こうなると次に考えられるのが投資であり、リスク性資産を扱う『投資信託ビジネス』は、まさに時代の要請とも言えます」
そこで櫛田たちは、現部署の前身となるJAバンク資産形成推進部が立ち上げられた2017年、主要課題の一つとして「目玉となる新商品の開発」を掲げ、集中的に取り組んだとのこと。それは農林中央金庫のリテール部門、投資部門、そしてグループ会社がタッグを組み、金庫グループの全知見を結集して、よいものを作ろうという取り組みだったといいます。しかしながら、結果として、ある商品は検討が具体化に向けて動き出している中で、内部での合意形成がうまくできずにリリースを断念。しかし、ここから本プロジェクトは本当の意味でのスタートを切ったと、櫛田はその内幕を明かしてくれました。
#2
「『金庫グループの全知見を結集』って、なんだか頼もしく聞こえますよね?(笑) でも、立場が変われば当然、見える景色も異なります。ある商品において社内で合意できなかったことを受け、私たちは商品戦略と販売戦略を見直すために徹底的に議論を重ねました。しかし、例えば投資部門からすれば、本当にパフォーマンスが優れているのか。リテール部門からすれば、パフォーマンスもさることながら、併せてお客様にとって理解しやすい商品か。どちらもお客様目線ながら、投資家目線と販売者目線で異なる観点があります。ポリシーや哲学も異なるところに、もともとが自由闊達な社風であることも手伝って、議論もヒートアップしました。でも、これが良かったんです。結果として、商品戦略と販売戦略に磨きをかけることになりました」
櫛田によれば、シンプルかつよい商品とするための落としどころを、皆が納得できるところで統合できたそうです。そしてこれをコアファンド(リスクを抑えた資産分散ファンドや債券ファンド)とし、そこにサテライトファンド(多様なニーズに応える株式・REIT等の単一資産ファンド)を組み合わせることで、リスクが少し高いもの、中くらいのもの、低いものなどと、4段階に分割。しかも、それらをシンプルでわかりやすいものと、プロに難しい運用をお願いするものとに分けることで、計7つの新商品が誕生しました。
「一般的な金融機関の投資信託の商品は、幅広いラインアップを揃え、そこにAIやロボティクス、バイオテックといった時代のトレンドを盛り込んだいわゆるテーマ型ファンドと言われるものを加えられています。それは、お客さまにとっての選択肢を増やすことこそが、サービスだと考えられていたからです。でも、よほど投資や投資信託に興味のある人でもないかぎり、具体的な違いなんてわからないですよね? 私たちは熱い議論を戦わせてきたからこそ、数多く存在した商品の数を絞り、本質的によい商品とは何かを考えました。そして、その商品が本質を突いたよい商品であればあるほど、お客さまに対してだけでなく、販売員となるJAの渉外担当者にとっても、提案しやすい商品となると気づきました」
前述のようにリスクが4段階であれば、販売員である渉外担当者も、リタイア世代にはリスクの低いものを、現役世代にはリスクが少し高いものを、どちらか決めかねているお客さまには中くらいのものを、まずはおすすめしていくのが好ましいと判断できます。また、商品の中身にまで興味を持ってくださるお客さまに対しては、そのなかでもプロに難しい運用をお願いする商品について、お話をすればよい。それがお客さまとのコミュニケーションを深め、たとえ購入に至らなかったとしても信頼関係の醸成へとつながり、別の新たなお取引を生み出す契機となるかもしれないと櫛田は言葉をつなぎます。
#3
商品戦略と販売戦略をブラッシュアップし、グループ会社や運用会社との協働によって、それを満たす商品の開発も目処も付きました。そこで、次に櫛田たちが取り組んだのが現場への導入でした。そしてここから、櫛田たちの本領が発揮されます。
「実は『投資信託ビジネス』を再開することに、当初、JAの経営層たちは消極的でした。それもそのはずで、投資信託はお客さまに損をさせるリスクが存在するからであり、それが証拠に休業状態となっていました。これは『顧客本位』というマインドを、JAの人たちが忘れていないことを意味しており、JAバンクとしての美徳とも言えます。それでも、冒頭でも触れたとおり『投資信託ビジネス』は時代の要請であり、そこから目を背けることは金融機関としては不誠実です。私たちは『すべてはお客さまのためである』ことを、各県のJA幹部にお伝えするために、チームを組んでの全国行脚をスタートしました」
担当エリアを決め、何度も足を運んだと櫛田は振り返ります。専門性の高い事業でもあるため、出張のたびに資料を作成し、相手の理解が進むごとにその内容も変えながら、平易な言葉で理路整然と伝えることに心を砕いたそうです。そして、その度に思い出されたのが、商品戦略や販売戦略を練っていたときの議論だったと話します。
「意見が食い違うと、それは自分が否定されているのだととらえがちです。現に私もそうでした。でも、違う意見の裏には、必ず相手なりの考えがあるんですよね。だとしら、そこの部分を紐解いていくことから、互いの理解は始まっていく。違う人の意見を尊重するということ。それを理解するようになってからというもの、自分の意見に固執するとはなくなりました。一方で、部署としての考えを説明するときも、ただ理屈を述べるのではなく、そこに気持ちがのるようになりました。すると不思議と、わかり合えるようになるのです」
結局、櫛田の仕事とは、リテール施策を企画する以上に、人を動かし、組織を動かし、皆のベクトルを合わせていくことが大事。「とはいえ、本当に大変なんですけどね」と言いながらも、どこか楽しそうに話します。
#4
粘り強い全国行脚が実を結び、長く休業状態にあった『投資信託ビジネス』は2019年、晴れて再スタートを切ることとなりました。櫛田たちは導入に向けた全国行脚と平行し、JAの渉外担当者等に向けた説明会も実施してきました。そして現在は勉強会へと形を変え、今も定期的に開催されています。もちろん、そのプログラムを組み、講師を手配し、ときには壇上に立つことも、櫛田たちの仕事です。
「私たちの一連の取り組みは、JAバンクの事業構造自体を大きく変えようというもの。担当者には、全国組織を動かすだけの権限と影響力があります。配属当初は、年次の若い自分には荷が重いのではないかと思いましたが、やればできるというのが今の率直な感想です。なぜなら自分ひとりの力ではなくて、皆が支えてくれるからです。年次の若い人の意見にもしっかりと耳を傾け、実践させる上司や先輩たちの度量の大きさには敬服しましたが、知識もスキルも及ばない自分だからこそ、その発想や発言がお客さまや渉外担当者のためになることもありました。この事実は、私にとって励みとなり、やりがいとなりました」
そして櫛田は指摘します。投資信託ビジネスは、たとえそこで収益を上げても、それはJAの収益であって、農林中央金庫には直接の収益とはならないところに大きな意味があると。なぜなら、リテール施策を企画する自分たちが、供給者の論理からある程度自由になれるからこそ、本当に意義のあることを目指すことができるし、お客さまである組合員のための仕事ができるからです。
「個人のポートフォリオに占めるリスク性資産の保有率が低いことは、日本の課題として今後、大きく頭をもたげてくるはずです。そうしたなかで、100兆円の貯金基盤を持ち、地域から信頼されているJAバンクが、長期の資産形成に資する商品をラインアップするということには、相応の意義があると私は信じています。だから今後も、顧客ニーズに即した商品になっているかを不断にチェックしながら、新商品の検討を進めていきたいですし、現場の販売活動も盛り立てていきたい。そしていつの日か、JAバンクのプレゼンスを生かし、日本の金融業界を引っ張るような仕事、その取り組みを、自らの手で仕掛けていけたらと思っています」
PROFILE
PROJECT STORY
INDEX
農林中央金庫だからできる、
地方創生・地域活性化への取り組み。
投資信託ビジネスの再開を通じ、
組合員の将来に寄り添うJAバンクへ。
洋上風力発電へのプロジェクトファイナンス。
地球規模で人々の生活を支えていく。
ESG投融資を推し進め、
SDGs課題への取り組みを世界に働きかける。
貸出強化支援プログラムの導入により、
JAの「持続可能な収益基盤」を構築する。
新型コロナウイルス感染拡大を経て、
再確認した系統組織の存在意義と底力。
不動産ソリューション機能の拡充を通じて、
お客様のファーストコールバンクを目指す。
年齢やITリテラシーによらず、
誰もが安心して使えるシンプルなアプリ。