農林中央金庫はESG投融資の一環として、2020年5月に世界銀行(正式名称:国際復興開発銀行)が発行する<サステナブル・ディベロップメント・ボンド>へ総額14億米ドル、日本円に換算して約1495億円の投資を実施しました。本件は、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)達成に向けた取り組みは投資家も重視する一大テーマであることを国内外に知らしめると同時に、世界銀行とともにSDGsの目標達成をグローバルに働きかける投資として世界から注目されています。その仕掛け人のひとりである債券投資部の藤森淳一は、ESG投融資を推し進めることで、社会的課題の解決に向けグローバルに貢献することを目指しています。
#1
近年、機関投資家をはじめとする世界中の投資家たちが重視し、欧米を中心に投融資残高も拡大傾向にあるESG投融資とは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字で、環境に配慮しているか、社会に貢献しているか、不正行為を防止しているか、という3つの観点から対象を選別して行う投融資のこと。実はESGという文言、コンセプト自体は意外と古く、20年くらい前から存在していたと、藤森は言います。にもかかわらず、ここ数年でにわかに注目されるようになり、今日では「世界の投資額の4分の1がESG投資」とも言われるまでに伸びているのは、なぜなのでしょうか。
「環境問題にしても貧困問題にしても昔から焦点が当たってきた問題ですが、近年、その事象が一気に増大化、深刻化し、『これは本当にマズイぞ』という危機意識を持つ人が、一部の個人のみならず、法人にも増えてきたことが背景にあります。とりわけ、そうした危機感が金融業界でも高まる契機となったのが、2015年に当時のFSB(Financial Stability Board:金融安定理事会)議長、マーク・カーニー氏の主導のもとに立ち上げられたTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)でした。ここで気候変動に対する問題意識が世界の金融機関に共有され、『温室効果ガス削減の主体となる事業会社に投融資するのは金融機関なのだから、まずはわれわれが考えを改め、事業会社と連携し環境問題解決に向けて取り組んでいこう』という流れが生まれました」
そしてここから急ピッチでいろいろなことが動き出したと、藤森は話します。ポイントとなったのが分析手法の開発。理念として存在していたESGを、財務やキャッシュフローに直結する要素として客観的に評価しようとする流れが生まれ、今日の世界的なESG投資市場規模の伸びにつながっているとのことです。とは言うものの、その分析手法の開発も道半ばに過ぎず、データ・指標が整いつつあるのは「E(環境)」のなかの一要素である気候変動くらい。「S(社会)」や「G(企業統治)」にいたっては、リスク分析にしてもオポチュニティ分析にしても、その手法の開発はまだこれからとか。それだけにESG投融資の価値を真に高め、投融資残高をさらに伸ばしていくためには、もう少し時間がかかりそうだと、藤森は言葉をつなぎます。
「それに理念としては理解を得やすいESG投融資も、機関投資家としてそれを実行するとなると農林中央金庫内にもさまざまな意見があり、一筋縄ではいかないのが実情です」
#2
農林中央金庫にとって、農林水産業や地域社会の持続性、言い換えるならサステナビリティを確保することは事業基盤そのもの。この点で「農林中央金庫は存在そのものがSDGs」と藤森は話します。そんな金融機関において、なぜESG投融資の実行は一筋縄ではいかないのでしょうか。
「最大の論点は『投資収益との両立』です。『どんなにサステナブルで優れた取り組みでも、儲からなければ続かない』『途中で資金が回らず取り組みがストップすれば、多くの人が困ることになる』『サステナブルとは一過性のブームではなく、継続的な収益があるからこそ環境や社会へ持続的に貢献できる』など、投資収益の確保は大切な要素です。しかし前述の通り、投融資対象となりうる企業やプロジェクトにしても、そこでの取り組みが財務やキャッシュフローに与える定量的な影響を正しく把握し、リスク・リターン分析をするのは至難の業。これがESG投融資の実行が一筋縄ではいかない一つの理由だ」と藤森は話します。
「加えて厄介なのは、『あなたにとってのESGとは何ですか?』と問えば、十人十色の答えが返ってくるということです」。考え方や価値観というのは、当然のことながら人それぞれ。SDGsに記された目標を達成するためのアプローチについても、定まったものがあるわけでもありません」
「要するにESG投融資には、明確なセオリーや答えがないんです。でも、正解がないからといってESG投融資の手を緩めて良いわけではありません。気候変動をはじめとするESG課題、言い換えるならSDGs課題対応は世界共通のゴールであり、もはや待ったなしの状態。われわれ金融機関には、正解がないなかでも、課題解決に向けた多様な取り組みをサポートしていく責務、使命があります」
そこで農林中央金庫において、藤森を含めたESG投融資企画チームが主体となって構築し、今も継続的に開催されているのが『サスガヤ』です。サステナブルについて、ワイワイガヤガヤと議論しながら考えを深めていく。十人十色の考え方があるなかで、たとえコンセンサスを得られずとも、皆が納得できるところを探していく。そんな取り組みです。
#3
ESGって何だ?——。『サスガヤ』の議論は、ここからスタートしたと藤森は明かします。ESG なりSDGsなりの重要性については皆が理解していても、「それはCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)であってビジネスではない」というのが当初の大方の意見。「ESGの投資で稼げるの?」という問いかけは、実は現在もなお自分たちが直面するクリティカルな問題であり、オン・ゴーイングの議論だそうです。
こうしたなかで議論を推し進め、何らかの方向性や価値観を見いだしていくうえでヒントになったのが、2019年9月に農林中央金庫が実施した、世界銀行が発行するフードロス問題の解決を重点テーマとする債券<フードロス債>への投資だったと、藤森は振り返ります。
「これは当初、ESG投融資とは別の観点から検討されたもので、ポートフォリオのマネジメントを担当するメンバーたちが、それこそ市場に出回る商品のなかのひとつとしてリスク・リターンの観点から分析した、言うなれば通常範囲の投資案件でした。ここで私たちが評価したのが、副次的なものと考えられていた、投資のその先にある『目的』部分でした。結果として<フードロス債>への投資は、フードロス問題解決という『目的』を持った、総額11.5億米ドルという『世界最大規模』の投資として話題となりました」
日本を含む先進国の人口は減少傾向にあるものの、世界の人口は増加の一途を辿っています。新興国では山や森を切り拓くことで食料を生産し、増加する人口に充ててきましたが、そうした増産のやり方も限界を迎えつつあります。世界の食料需給が日増しに逼迫していくなかで、次に打つ手は生産性を上げること。<フードロス債>は、食品ロスや食品廃棄の問題を解決することで事態の打開を図っていくことを重点テーマに掲げていました。
視点を日本に移すと、食料自給率は約4割。残り6割を輸入に頼る一方、輸入量の1〜2割にあたる食料を廃棄しています。<フードロス債>への投資を通じて、「食」にまつわる問題は農林中央金庫としても看過できない社会的課題であることが共有されたあたりから、『サスガヤ』の議論も徐々にかみ合っていくようになってきたと、藤森は話します。
「SDGsと言っても、そこには17の目標と169のターゲットが記されています。それをくまなくカバーできるような取り組みなどありませんし、『何となくSDGs』というようなぼんやりとした対象に投融資などできるはずもありません。当庫が重視すべきテーマは『食』であり、それを支える『農業』『林業』『漁業』、また農林水産業に大きな影響を与える『気候変動』であるという、われわれにとっては至極当たり前の価値観をもう一度、皆で確認できたからこそ、世界銀行が発行する<サステナブル・ディベロップメント・ボンド(世銀債)>にも投資することができたのです」
実はこの<サステナブル・ディベロップメント・ボンド>は、藤森たちESG投融資企画チームが働きかけ、世界銀行とのパートナーシップに基づき発行されたもの。当債券への投資は、『サスガヤ』での議論を踏まえ、農林中央金庫が特に重視する4つのSDGs[②飢餓をゼロに、⑬気候変動に具体的な対策を、⑭海の豊かさを守ろう、⑮陸の豊かさを守ろう]の実現に貢献することを目指したものです。また、投資家自身が重視する複数のSDGs 課題への取り組みの重要性を、その目的に共鳴した世界銀行とともに世界に働きかける本邦初の取り組みでした。
#4
今回の投資に対する反響は大きく、食の分野で世界的に活躍するNPOから早速、連携の打診を受け、そのご縁をきっかけに世界銀行を交えたイベント共催などの企画も進んでいるとか。藤森たちは一連のイベントを通じて、フードロス問題にかかる理解深化や、SDGs課題の解決に向けた可能性を模索していけたらと、考えているそうです。
「繰り返しになりますが、ESG投融資によるSDGs課題解決は新領域です。言葉自体は以前からあるものの、現時点で決まった解はなく、世界中の人が知恵を出し合いながらさまざまな社会的課題の解決策を模索している最中です。そのようななかで、各種取り組みをサポートする投融資を実行し、対外発信をきっかけに多様な関係者とつながり、手を取り合いながら課題解決に向けた歩みを進めることは、これからの社会にとっても望ましいことだと考えています。もちろん、われわれとしては投資リターンもしっかりと確保したうえでのことですが」
そして藤森は、興味深い話をしてくれました。
「投資家は投資先が成長する以上には儲かりません。より多くの投資収益を得るためには、投資先の成長をサポートするしかありません。そこで銀行員は、あらゆる金融サービスを提供しながら成長を後押しするわけですが、こうしたビジネスモデルはESG投融資でも十分に適用できるはずです。農林中央金庫を含む系統組織には、一次産業従事者たちの長年の経験と勘が無尽蔵に埋まっています。仮説に過ぎませんが、先の4つのSDGs、その周辺分野にそうした知見を体系立てて提供していければ、投資後も金融・非金融の両面からしっかりとコミットでき、投資先のバリューアップ、さらなる成長へとつないでいくことができるのではないかと考えています」
「こうすることにより当然、農林中央金庫の投資収益も上がり、その収益はステークホルダーに還元され、次のESG投融資の原資に充てられます。こうした一連のビジネスモデルは新興国や途上国にも展開可能であり、高度な金融技術を駆使して投資収益を稼ぐ以前に、分け合うパイそのものを大きくすることができます」
藤森は続けます。「SDGsの実現を上手く経済活動に結びつけることができれば、『利益追求』が大きなモチベーションとなって、社会的課題の解決に向けたさまざまな取り組みが世界で一気に加速するはずです。金融・非金融の両面からの投資先成長サポートの点で当庫がお役に立てることは少なくない……、いや、誤解を恐れず本音を申し上げれば、『農林中央金庫がやらずしていったい誰がやる』と私は考えています。世界有数の機関投資家である当庫の投資部門に身を置く一員として、また、食農・金融・生活インフラにかかるプレゼンスやプラットフォームを有する唯一無二の総合事業体である系統組織の一員として、私はそれくらいの気概を持って仕事をしていきたいと思っています」
「そのためにも、まずはESGテーマ型投融資の残高を着実に伸ばしていきたい。そして、その投資による環境・社会へのインパクト創出の進捗状況を継続的にフォローしながら、『サスガヤ』を通じた各部署連携により、農林中央金庫のESGインテグレーションをさらに深化させていきたい」藤森は、そう力強く語ってくれました。
PROFILE
PROJECT STORY
INDEX
農林中央金庫だからできる、
地方創生・地域活性化への取り組み。
投資信託ビジネスの再開を通じ、
組合員の将来に寄り添うJAバンクへ。
洋上風力発電へのプロジェクトファイナンス。
地球規模で人々の生活を支えていく。
ESG投融資を推し進め、
SDGs課題への取り組みを世界に働きかける。
貸出強化支援プログラムの導入により、
JAの「持続可能な収益基盤」を構築する。
新型コロナウイルス感染拡大を経て、
再確認した系統組織の存在意義と底力。
不動産ソリューション機能の拡充を通じて、
お客様のファーストコールバンクを目指す。
年齢やITリテラシーによらず、
誰もが安心して使えるシンプルなアプリ。