日本の農林水産業は今、大きな転換期を迎えています。深刻な課題を抱える一方で、農家出身の若手農業者の奮闘と、非農家出身の新規就農者の参入によって、従来にない取り組みが各地で進められています。名古屋支店に所属し、静岡県域の系統貸出業務を担う岩立洋祐も、そうした取り組みを金融面で支援するとともに、ときには自らがプロジェクトを仕立てていく、そんな非金融面の取り組みにも力を入れています。
#1
静岡は、農業も漁業も総じて盛んであり、全国に知られる特産品も少なくありません。さらに東京、名古屋という大都市圏に挟まれ、人口も全国で10番目くらいを推移していることから、産出する農水産物の多くが県内、近郊で消費されるという点で、北海道や九州と比べて流通、販売においても恵まれていると言えます。しかし、だからといって日本の第一次産業が抱える課題と無縁かと言えば、決してそうではないと岩立は話します。
「儲からない、人がいない、きつい、という三重苦は、静岡においても同様です。たとえば、静岡は日本有数のお茶の産地として知られていますが、茶葉の価格下落が止まらず苦境に立たされています。なぜかといえば、茶葉を急須に入れて飲むという習慣が薄れ、現代人の多くがお茶をペットボトルで飲むようになったからです。ペットボトル飲料のお茶は万人にとって飲みやすい茶葉を大量に使用しますので、平地で大量生産されるものが好まれます。しかし、静岡の茶葉は山間の斜面、複雑な地形を生かして個性を磨いてきた高級品であることから、そうしたニーズに対応しにくいという難点があります」
一方、漁業についても、有名なサクラエビの不漁が続いていると岩立は話します。また、沼津や焼津はマグロ、カツオを漁獲する遠洋漁船の寄港地としてその名を馳せてきましたが、近年は燃料代の高騰を背景に日本の南端、鹿児島・枕崎で水揚げされるケースも増えており、産地間競争が激化しているとのこと。さらにウナギで有名な浜名湖では、カキやアサリ、ノリなども養殖されてきましたが、近年、ますます大型化する台風の影響によって生育環境が荒れてしまい、こちらも不漁が続いているといいます。
もともとが高齢化や後継者不足に起因する離農、それにともなう耕作放棄地の増加といった大きな課題を抱えてきたところに、近年は生活習慣や自然環境の変化が追い打ちをかけ、農林水産業が比較的元気とされる静岡でも厳しい状況が続いているとのこと。でも、決して暗いニュースばかりではなく、日本の第一次産業は着実に変わりはじめているのだと、岩立は力強く語ります。
#2
「後継者の不足、耕作放棄地の増大に対するひとつの解として、県内では耕作放棄地や借地を集約した大規模化、それにともなう法人化が進んでいます。牽引するのは農家出身の若手、そして新規就農者たちです。彼らに共通するのは二次、三次産業の就労経験をもつなど、経営感覚を備えている点です。こうした人たちの台頭により、農業も漁業も儲かる産業へとシフトしはじめています」
なぜ、第一次産業が衰退してしまったかと言えば、突き詰めれば儲からないからだと岩立は言います。では、どうして儲からないかと言えば、高度経済成長期のプロダクトアウト型の発想、「作れば売れる」という成功体験からなかなか脱却できずにいることにあると。成熟期を迎えた現代において重要なのはマーケットイン型の発想であり、「売れるものを作る」こと。大規模化、法人化を進める農家は、これを実践しているといいます。
たとえば農業では、「スーパーに棚を借りて自社の野菜を並べ、スーパーと一緒に売れる野菜を追求する」「納品先の食品加工工場と連携して野菜残滓(ざんし)を堆肥化し、それを自社の畑に戻す循環型で付加価値を高める」といった取り組みが行われているそうです。同様に漁業においては、キャビアやエビ、サーモンといった高収益がのぞめる品目を洋上で大規模に、あるいは自然環境に影響されにくい陸上で、養殖する取り組みも増えているとのこと。
「当然、私の仕事はこうした取り組みや設備に必要な資金を融通することにはじまり、JA・JFといった系統組織が有する知見や技術を担当職員の助力のもとに提供することであり、その販路の開拓に協力することにあります。しかし、こうしたマーケットインの取り組みに水を差したのが、今回の新型コロナウイルスの感染拡大でした」
県内有数の大規模農業者から入った一本の電話は、まさに悲痛な叫びだったと岩立は振り返ります。「このままでは作物を畑で大量廃棄しなくてはならない。従業員が丹精込めて作った作物を廃棄することはなんとしても避けたい。助けて欲しい」。このSOSからはじまった一連の出来事に、岩立は系統組織、JAグループの大きな可能性を見いだしたと話します。
#3
マーケットイン型の儲かる農業は、ときにJAの流通網や市場を通さないことがあると岩立は解説します。なぜなら、特定のお客様のニーズに応じた特定の農作物を生産し、それを直接、納品するからです。ちなみに、ここでは当然ながら見積もりというものが出され、農家もそこに自分たちの利益を織り込みながら、計画的に生産していくことになります。儲かる農業を実践する農業者たちの基本は、この計画生産にあると岩立は指摘します。
「しかし、今回の事案に限って言えば、そうした取り組みが裏目に出てしまいました。電話をくださった大規模農業者も大手外食チェーンと直接取引をし、特定の野菜を大量に生産していたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、その外食チェーンは全国で営業ストップ。その野菜は不要となり、完全に行き場を失ってしまいました」
農作物には収穫時期というのがあります。それを過ぎると日一日と育ちすぎてしまい、商品にはなりません。電話をもらった岩立はすぐに支店内に情報を伝達、本店の営業企画部にも連絡を入れ、引き取り手を探してもらえるよう依頼したそうです。他方、この窮地を知り、独自に動き出していたのがJAだったと振り返ります。
儲かる農業を目指して先進的な取り組みを次々と行う大規模農業者は、得てしてJAとの関係が疎遠になりがちです。必ずしも良好な関係ではなかったことを岩立も気にしていたそうです。でも、自分のそうした心配は杞憂にすぎなかったと笑います。
「なぜなら、行き場を失った大量の野菜をもっとも多く引き取り、見事に売りさばいてくれたのが、ほかでもないJAでした。一人は万人のために、万人は一人のためにという協同組合の理念を行動で示してくれたJAに、私は心を打たれました。そしてもうひとつ、私が感服したのが、当庫においても中心となって動いてくれた営業担当者たちの行動でした」
かつて自分が勤務していたメガバンクの営業担当者たちのカウンターパートは、財務や経理部門の人たちであり、それ以外の部門の人たちとの接点は皆無に等しかったと岩立は話します。そしておそらくは、他の金融機関も同様であろうと。しかし、本事案において当庫の営業担当者たちが連絡を取っていた相手は、スーパーのバイヤーや食品メーカーの購買担当者といった人たちでした。しかも彼らと直接、見積もりのやり取りをするという離れ業を平然とやってのける姿は、もはや銀行員の枠を越えていたと岩立は話します。
「これが何を意味するかと言えば、当庫の営業担当者たちは日頃から財務、経理部門以外の人たちともしっかりとリレーションを築き、農林水産業の発展に向けたビジネスモデルを自分なりに模索していたということです。営業成績には決して反映されることのない各自の水面下の取り組み、日本の農林水産業のためにできる最大のことをやろうという情熱に触れ、私は胸が熱くなりました。そして先のJAの行動とあわせ、農林中央金庫を含む系統組織の存在意義、その底力を再確認することができました」
#4
後日、大規模農業者から丁重なお礼の電話が入りました。「おかげさまで廃棄ゼロを実現できました。本当にありがとうございました」。でも、岩立にとって何よりうれしかったのは後日、岩立がお膳立てした大規模農業者とJA役員、そして自身を加えた三者会合でのやり取りだったそうです。大規模農業者から「JAへの出荷量を増やしていきたい」という考えが示されると、JA役員からも「新しい取り組みにチャレンジしていきたい」という意向が示されました。岩立は言います。
「農業の成長産業化には、この大規模農業者が次々と実践している思い切った取り組みが不可欠です。しかし、従来にはない取り組みにはリスクがつきものであり、そこにリスクマネーを供給し、人と人をつないでいきながら支援できるのは当庫、ひいてはJAバンクだけ。そして万が一のときにセーフティーネットとしての機能を発揮できるのはJAなのです。今回の出来事は、このことを再確認できたという点において、系統組織の自信につながったと思います」
全国で増加する大規模農業者は言うなれば中小企業であり、地銀をはじめとした他の金融機関が猛烈な営業攻勢をかけています。結果、競争に敗れ、JAバンクがメインバンクから外れてしまう事例も起きています。また、世界的に金融情勢が悪化しているなかで金利競争を繰り広げていることを指して、金融業も斜陽産業化していると指摘する向きもあります。しかし、当庫においてはそのどちらも当てはまらないと、岩立は断言します。なぜなら、本事案を例にすればその後、この大規模農業者から多様な案件相談を受けることになり、資金面のサポートといった伝統的な銀行業務に加えて、大企業と引き合わせ、合弁会社の設立支援や海外向けの輸出提案といったメインバンク機能を地銀から奪取しているからです。
大規模農業者も規模の拡大や新しい取り組みを追求してくためには、資本や最先端の技術が必要です。他方、国内市場がシュリンクしていくなかにあっては、大企業も新しい事業にどんどん進出していかなければ生き残っていけません。こうした両者のニーズをつないでいける金融機関は当庫しかないのだと、岩立はそう話します。
「企業や社会の課題を、農業を活用してどう解決するか——。この発想を持った瞬間から、農林中央金庫は世界で唯一無二の金融機関になれるのです。それは巷間言われるような金利競争や斜陽産業化とは無縁の領域であり、ここで仕事ができるのは世界広しといえども当庫の食農ビジネスに携わる職員だけ。私たちが真になすべき仕事とは、そういう仕事なのです」
そう語る岩立が現在、推し進めているのが、県産農産物の輸出プロジェクト。県域の大規模農業者と連携し、県域JAやJA全農を巻き込み、海外のニーズに合わせた作物を今、作っているところとか。自らも栽培法や農薬規制を海外仕様に合わせるべくリサーチを進めるとともに、港や販売店の選定といった販売戦略を立てる一方、行政や企業にも声をかけて支援を仰ぎ、県をあげてのプロジェクトへと仕立てている最中だといいます。目指すはもちろん、県産農産物のマーケット拡大であり、県域農業者の所得向上。その先には、逼迫する世界の食料需給に対する貢献も見据えています。この顛末についてはいずれ、成功事例として紹介できるよう頑張りたい、そう岩立は約束してくれました。
PROFILE
PROJECT STORY
INDEX
農林中央金庫だからできる、
地方創生・地域活性化への取り組み。
投資信託ビジネスの再開を通じ、
組合員の将来に寄り添うJAバンクへ。
洋上風力発電へのプロジェクトファイナンス。
地球規模で人々の生活を支えていく。
ESG投融資を推し進め、
SDGs課題への取り組みを世界に働きかける。
貸出強化支援プログラムの導入により、
JAの「持続可能な収益基盤」を構築する。
新型コロナウイルス感染拡大を経て、
再確認した系統組織の存在意義と底力。
不動産ソリューション機能の拡充を通じて、
お客様のファーストコールバンクを目指す。
年齢やITリテラシーによらず、
誰もが安心して使えるシンプルなアプリ。