英国北東部に世界最大級の900MW超、約100万世帯分の消費電力を賄う最新鋭の洋上風力発電所を建設、運営するというプロジェクト。予算規模にして数千億円、世界的大事業への投資を担ったのが、プロジェクトファイナンス部の伊藤航平です。入庫4年目にして、当年度における最大の金額を投資することに成功した裏には、どんな仕事が隠されていたのでしょうか。
#1
そもそもプロジェクトファイナンスとは、どういうものなのでしょうか。まずはこの点について、伊藤は次のように説明します。
「コーポレートファイナンスが企業を対象に融資を行うのに対して、プロジェクトファイナンスは事業を対象に融資を行います。事業といっても、スポンサーと呼ばれる各企業が出資して設立した、特別目的会社の特定事業を指します。最大の特徴は、返済の原資をプロジェクトから生み出されるキャッシュフローに限定していること。これにより、借り手であるスポンサーは、プロジェクトによる返済が滞ってしまったとしても返済義務を負わずに済むため、通常であればリスクを負いきれないような大規模な資金調達も可能となります。他方、貸し手である金融機関は、スポンサーからプロジェクトだけを切り離してリスク分析すればよいため、コーポレートファイナンスよりは相対的にリスクも把握しやすくなりますし、リスクに見合った金利水準で多額の資金を長期間貸し出すことができるため、安定的な収益を期待することができます」
とはいえ、貸出期間が長期であればあるほど、不確実性が増すのも事実。自社の利益を主に追求する株式会社とは異なり、農林中央金庫の使命は農林水産業への安定的な収益還元を実現すること。そこでプロジェクトファイナンス部も、公共性が高く、政府機関等の信用力の高い組織から安定的に収入が得られるプロジェクトを優先的に選別し、いかに景気変動に左右されにくい強固な収益基盤を作ることができるか、それが重要と伊藤は話します。
#2
プロジェクトファイナンスはお金を貸すという点では「融資」ですが、収益を獲得することに重きを置いている点で、農林中央金庫では「投資」と位置付けられています。これまでに国内外における水道、鉄道、道路、学校、病院、空港、送電線網といったインフラに加え、航空機ファイナンスなどへ投資を行っています。そして近年、投資対象として注目しているのが、再生可能エネルギー関連プロジェクトです。
なかでも英国では、2008年の気候変動法によって、2050年までに温室効果ガス排出量を1990年比で80%削減することが定められています。そのため、エネルギー源が従来の化石燃料から再生可能エネルギーを中心としたものへと大転換が進められており、「CfD(Contracts for Difference)」と呼ばれる再生可能エネルギー助成制度を利用したプロジェクトが複数、立ち上げられています。
「実は私が担当したこの洋上風力発電プロジェクトも、CfDを利用したプロジェクトでした。世界的に見てもビッグプロジェクトでしたので、世界中の金融機関が注目していました。それだけに担当としてアサインされたときは、私のような若い年次でも本当に大きな案件を任せてもらえるのだという事実に、驚きと喜びは隠せませんでしたし、武者震いのようなものを感じたことを覚えています」
実は伊藤、社内のジョブチャレンジ制度を利用して、プロジェクトファイナンス部へと異動になったそう。大学院時代、途上国に見られる経済格差を研究するなかで、「社会インフラに関わる仕事に携わることで、人々の生活を支える仕事がしたい」と考えるようになり、その初心を忘れずにいたことが理由だと教えてくれました。
#3
本件は、2017年にスポンサーが英国政府から事業権を競争入札で落札。欧州の大手電力会社に加え、日系の総合商社などもスポンサーに名を連ねていたこともあり、日頃の営業活動が実を結び、2018年2月にスポンサーサイドから農林中央金庫に対し融資の意向確認がありました。そこで、条件次第で融資可能である旨を伝え、同年5月にスポンサーより正式招聘され、案件開始となりました。
「当時入庫9年目だった先輩と2人で担当しましたので、先輩にアドバイスをもらいながら案件分析を進めていきました。具体的には、プロジェクトの収支を踏まえたキャッシュフローに、予期される多様なストレスをかけながら、事業としての採算を細かく算出していきました。また、技術アドバイザーの知見を借りながら、技術的な側面についてもリスクを細かく洗い出して分析を重ねました。たとえば、羽根、タービン、基礎、ケーブル、変電所といった一連の設備について、技術的に問題なく建設されるのか、期間や費用も計画通りに進むのか、完成後も長期にわたり安定的な操業が実現されるのか、といった具合です」
加えて、本件のように案件組成段階から金融機関として深く関与していく場合には、当該リスクに対し適切なリターンが得られるよう、融資条件についてスポンサーサイドとの条件交渉を進める必要もあるとのこと。それはマージン水準だったり、配当制限だったりと、デリケートな内容になるといいます。そうしたときは、スポンサーが雇ったファイナンシャル・アドバイザーと英語での電話会議を重ねていくそうなのですが、そのための事前準備が大事とか。本件では、ロンドン支店と連携して現地の関連情報を集めたり、スポンサーである日系の総合商社に直接出向いてヒアリングしたりしながら、双方にとって合理的な数字を追求するための情報収集が、とくに重要になったそうです。
「特定の事業を対象に資金を融資するといっても、実はその使途によってローンも細分化されています。これをファシリティと呼ぶのですが、本件では10個程度に分かれていました。従来であれば、リスクリターンの観点のみに着目して、一部のファシリティだけを取るという選択もあったかもしれませんね。ただ、本件においては顧客のニーズを汲み取るために、当部における今後の業務領域拡大も視野に入れ、性格の異なるすべてのファシリティを取ることを目指しました。結果として、日々アップデートされる情報を把握しながら、プロジェクトとして前に進めていくことが、当時はとにかく大変で……。社会人になって最も働いた1か月でした(笑)」
#4
こうして2018年6月、伊藤たちはスポンサーに融資条件案を提示。限られた期限内にスポンサーサイドからのアプローチに素早く対応する一方、すべてのファシリティに対応することや、多額の資金を投資する意義について内部での合意形成を適切に図っていったことで、十分な資金枠を用意することができました。それを自社のリターンもきちんと検証したうえで、内部の投資基準を満たし、スポンサーサイドが受け入れ可能な金利水準で貸し出せることをスポンサーに明示できたことにより、農林中央金庫は無事、銀行団の一員として選定されました。しかも蓋を開けてみれば、最終的に残った16行の中で最大の金額となる数百億円規模の融資に成功。これは金融機関の競争も激しい英国での再生可能エネルギー関連プロジェクトにおいては、快挙とも言えることでした。
「プロジェクトファイナンスにおいてグローバルに実績を上げている大手銀行は体制も洗練されており、営業、案件分析、進行管理、事務手続きなど、役割分担も明確です。しかし、人員の少ない当部では単独、あるいはペアで、そのすべてを担当しなければなりません。今でこそ『これこそが当部の醍醐味』と実感していますが、当時は最初から最後までを担当する初めての案件でしたので、光の見えないトンネルの中を手探りで進んでいくような感覚でしたね。でも、先輩の助言が道標となりました。契約調印セレモニーへの出席はロンドン支店に任せ、私は先輩と2人、居酒屋で祝杯を挙げたのですが、『これでお前も一人前だな』と言ってもらいました。また、先輩のすすめで後日、スポンサーサイドのファイナンシャル・アドバイザーにも改めて電話でお礼を伝えたのですが、先方からも心のこもった感謝の言葉をいただきました。この2つの出来事はきっと、忘れないと思います」
伊藤が投資に携わったこの洋上風力発電プロジェクトは、2022年の設備完成と運営開始を予定。現在、案件のモニタリングはロンドン支店が行っていますが、伊藤も工事の建設状況などを適宜把握しています。また、本件を足掛かりに初の欧州出張も経験。世界は欧州を中心に、再生可能エネルギーへの大転換が急速に進むパラダイムシフトの真っただ中にあること。本件と同様のプロジェクトを金融機関として支援することは、地球温暖化対策の当事者として貢献できること。欧州でも象徴的な本件に携わることができたことで、農林中央金庫も世界のエネルギー対策の主要サポーターとして認知されるようになったこと。以上を確認できたことは、今後の自分の励み、糧になると伊藤は話します。
「農林中央金庫は、組織の規模も大きすぎず、スピード感を持って仕事に取り組めます。年次が若くても与えられる裁量は大きく、自由闊達な風土です。せっかくこうした環境に身を置いているのですから、今後は当部が手掛けたことのない分野や地域のプロジェクトに積極的に携わることで、自らの知見を広げ、深めていきたいですね。日本の農林水産業に還元できる収益獲得の機会を自分の力で見つけ出して、そのプロジェクトが影響する地域や国々への貢献を果たしていきたいと思っています」
PROFILE
PROJECT STORY
INDEX
農林中央金庫だからできる、
地方創生・地域活性化への取り組み。
投資信託ビジネスの再開を通じ、
組合員の将来に寄り添うJAバンクへ。
洋上風力発電へのプロジェクトファイナンス。
地球規模で人々の生活を支えていく。
ESG投融資を推し進め、
SDGs課題への取り組みを世界に働きかける。
貸出強化支援プログラムの導入により、
JAの「持続可能な収益基盤」を構築する。
新型コロナウイルス感染拡大を経て、
再確認した系統組織の存在意義と底力。
不動産ソリューション機能の拡充を通じて、
お客様のファーストコールバンクを目指す。
年齢やITリテラシーによらず、
誰もが安心して使えるシンプルなアプリ。