農林中金の人
農林中金を知る
FOOD&AGRI BUSINESS
平吹 勇真
YUMA HIRABUKI
山形支店
2018年入庫 経営経済学部卒
PROFILE
地元・山形に軸足を置き、金融を通じて農業を盛り立てていきたいとの思いから山形支店の支店総合職に応募。入庫後3年間はJAバンクの事務手続・事務指導を担当し、続く4年間は貸出システムや窓口業務システムの導入プロジェクトに従事。そして入庫8年目より営業担当として、農業法人に対する融資やコンサルティングなどを行っている。小学校から大学まで野球に打ち込み、休日は当時のチームメイトと野球やゴルフを楽しんでいる。

大学で学んだ知識を活かせる業界であること。また、大学の先輩が金融機関に就職し、若くして経営者たちと向き合いながら、その企業をよりよくするために働いている姿に憧れたこと。こうした理由から、早くより金融業界を志望していました。一方で、実家が農業を営んでいることもあり、農業に関する企業にも興味をもっていました。
こうしたなかで農林中央金庫は農林水産業に特化した唯一無二の金融機関であり、農業法人営業ができるという点で、私にとっては魅力的な就職先でした。他社からも内定をいただいていましたが、それでも当庫への入庫に迷いはありませんでした。

県外の大学に進学しましたが、就職は地元・山形でと入学時から決めていたからです。小学生のときから野球に打ち込んでいたこともあり、地元には野球仲間をはじめとする友人が多くいます。また、先ほども少し触れましたが、実家が専業の果樹農家ということもあり、家業に汗を流すことが私の生活の一部となっていたことも大きな理由です。いまも連続で取得できる休暇はさくらんぼ作業などに充てています。
農業は大変なことも多いですが、生産物を出荷すると、ほどなくして全国各地から「おいしかった」「ありがとう」という声が寄せられます。多くの人たちに喜んでもらえる仕事なのだということは子どもの頃から実感してきましたが、社会人になったいまも、農業がそうした仕事であることを誇らしく思っています。

いろいろなコミュニティに自分の居場所を見つけられることだと思います。私の場合でいえば、野球のチームメイト、小中高の友人、農業の仲間、実家のご近所さんといった具合に、職場以外にもたくさんのつながりをもつことができています。しかも、その多くが子ども時代からの顔なじみですので、絆も深い。こうした多様で深いつながりが人生を豊かにしてくれるのだということを、私も社会に出てはじめて気がつきました。
また、個人的には早くからマイカーやマイホームを持てることも良いことだと思います。地元に腰を据えて生活ができるからこそ、人生設計も立てやすい。国内外に転勤する生活も刺激的で魅力的だとは思いますが、少なくとも私は、転勤のない支店総合職のほうが性に合っていると実感しています。
最後に付け加えるなら、支店はまさに農林中央金庫のビジネス最前線であるということ。日本が抱える社会課題の多くは地方・地域から進行していますが、支店職員はそれを解決する当事者となれます。とりわけ当庫の支店総合職は、異動はあっても転勤はないので、いろいろな形で地域に寄与し続けることができます。これは働く上での大きなやりがいですし、生まれ育った思い入れのある地元ともなれば、よりいっそう熱が入ります。

最初の3年間はJAバンク業務の事務手続・事務指導の担当として、県内JAで信用事業を担う職員の方々からの問い合わせに対応しました。多種多様な照会がありましたが、その事象を的確に把握するためには背景を探り、適切な回答を予測・推測しながら深く話を聞き出さないことには、正しい方向へと導けないことを学びました。これは現業務である農業融資にも通じる基本姿勢であり、聞く力、推し量る力というものを、私はこの業務を通じて養ったように思います。
また、次の4年間はシステム関連を取り扱う部署で、貸出システムや窓口業務システムの導入プロジェクトに従事しました。県内JAへのパソコン配備にはじまり、ネットワークの張り替え、初期セットアップ、そして稼働に向けたテストと、一連の業務に携わりました。自ら文書を作成しては発出し、現場に行ってサポートを行うという繰り返し。支店内での異動ではありましたが、転職したかのように業務が様変わりした日々でした。
けれども、おかげで大切なことを学ぶことができました。それは、金融機関のシステムは社会を支えるミッションクリティカルシステムであり、トラブルが起きたときに速やかに対処できるだけの知識がなければ、信用事業ではお客様に迷惑をかけてしまうということです。とはいえ、実際のプロジェクトは計画通りに進まずトラブルも発生しましたが、その都度、本店所管部やベンダー、JAの方に助けられながら乗り越えました。実際にシステムが稼働したときの達成感やメンバーと共有した喜びは格別でしたし、貴重な体験、大切な思い出となりました。

そうです。入庫8年目にして晴れて、志望動機でもある農業法人営業の担当となりました。もっとも、内心はハラハラ、ドキドキでした(笑)。というのも、入庫8年目にもかかわらず、私のこれまでのキャリアが示すとおり、銀行員の本分に関わる知識や経験はゼロといっても過言ではないレベルだったからです。顧客からは年齢的にも一人前と見なされる一方、その実態はルーキー同然。このギャップが当初、私にとっての大きなプレッシャーとなりました。
ですが、そんな私を支えてくれたのが部署の後輩たちでした。後輩といっても、当該業務においては先輩に当たるわけですが、とにかく親身になって教えてくれました。「年次は上なのに、そんなこともわからないの?」という態度を示されていたら、私も業務に慣れるまで相当苦労したと思います。それだけに、当庫のフラットな組織風土に助けられましたし、なにより当庫で働く人たちの温かみのある人柄に救われました。

大規模農業法人に対する支援に、とりわけ力を入れています。農業における成果は様々な要素が関連して生み出されるものですので、成績不振となった場合でも、原因は1つではないケースがあります。私も現業務に就いて認識したことですが、経営課題というのは往々にして不明確なことの方が多いということです。
現在は、農業法人へのヒアリングや財務分析をもとに当庫に蓄積されている各種データや、似たような事例を全国から引っ張り出しては、ポイントとなりそうな要素を抽出し、自分なりに分析、検討しながら、経営者の方々と議論を重ね、本当の課題をあぶり出すべく業務を進めています。
ここで解決の糸口が見えれば、それをベースに計画書を作成し、融資実行後は実績と照らし合わせながら軌道修正を進めていくことになります。定性面も含めて顧客に提供・貢献できる付加価値を追い求める当庫の営業担当だからこそ果たせる役割だと考えています。「顧客のためになること」を最優先に考えられる環境として当庫にあるがゆえに、経済合理性だけに偏らず、真に顧客のためになることを追求し、その達成に向け時間をかけて支援することができています。

農林中央金庫は、農業に根差した金融機関であるため、農業に関連する知見やノウハウが蓄積されており、他行が手を出しにくい難易度の高い案件でも取り組むことができるからだと思います。農業法人の経営は難しいというのが、私の率直な感想です。
農産物の場合、生ものですので在庫を抱えることが難しく、生産量や価格を調整するにしても自然相手ですので意図したとおりにコントロールすることができません。加えて、成果物も基本的に年に一度しか生産できないため、工業製品なら月単位で軌道修正できることも、農産物は年単位となってしまいます。
つまり、在庫ひとつとっても農業法人の経営は難しく、実際にはこれ以外にも様々な要因、思いも寄らぬ要因が経営を左右します。そうしたあらゆる事象について、過去の事例や蓄積されたデータをもとに予測・推測しながら、数年計画で経営を正しい方向へと導いていくというのは、非常に骨の折れる仕事であると感じます。

そう思っています。コスパやタイパと距離を置き、難易度の高い案件を深掘りしていくからこそ、銀行員としての地力も養われていく。さらにそこで得た知見、ノウハウ、そして自信が、より高難度な案件へと自らを駆り立てていく。私自身、業務を通じてこれほど得られる知識や経験が多いとは思いませんでした。これも農林中央金庫の職場環境、ここで生まれるプラスのスパイラルが、そうさせてくれるのだと強く感じています。

困難な事案も、自分だったら救えるかもしれない——。そうした期待を自分自身に抱かせるような仕事を積み上げていくことで、スピーディに課題を解決し、ひとつでも多くの経営体を救える、そんな銀行員を目指していきたいと考えています。農業法人営業こそが、私が当庫に入庫した最大の理由でもありますので。
一方で、組織人としては、皆のベクトルを合わせる旗振り役を担っていきたいと思っています。転勤のない総合職である私は、過去を知り未来に活かすことができる存在です。これまでの経緯を踏まえた上での今後の施策というものを自ら打ち出し、山形支店として進むべき方向性を指し示すことができるような人材になれたらと願っています。
そして将来的には、山形支店発の先進事例を生み出し、全国に向けて発信していくことができたらいいなと考えています。当庫は全国規模の組織です。各支店がそれぞれの個性や地域性を活かした先進事例を競い合うようにして生み出していければ、農林中央金庫はもっとユニークな組織、もっと面白い職場になるのではないかと考えています。誰もがワクワクするような取り組みを、JAや支店の皆様とともに山形から発信していければと思っています。